新説!所JAPAN 保存版!日本人影響を与えた平成スイーツベスト10 次来るバスクチーズケーキ
女子中学世・女子高校生を対象にしたJC・JK流行語大賞2018年モノ部門
第1位に選ばれた食べ物は…「タピオカ」
平成4年にブームになったスイーツ「タピオカ」
平成の30年間は、数々のスイーツブームが生まれた日本人がスイーツに夢中になった時代でした。
圧倒的な生クリームで女性たちの心をわしづかみにしたパンケーキは平成22年(2010)に大ブレイク
その20年前の平成2年にブレイクしたのが大人のデザート「ティラミス」
更に、マカロン・フルーツタルト・パンナコッタ・カヌレなど、毎年のようにブームを巻き起こすスイーツがありました。
この平成には、スイーツ男子なるものも登場しましたね。
・歌舞伎界のスイーツ王子 尾上松也 僕にとってスイーツは、O₂(酸素)です。
・相撲界のスイーツ親方 元横砂大乃国 現、芝田山親方 スイーツは微笑み
など今やスイーツ市場は、2兆円規模に急成長
新聞、雑誌でかつては「デザート」と呼んでいたものが「スイーツ」という言葉に様変わりしたのも平成の時代
スイーツが出だしたのは平成12年頃、平成21年頃にデザートを抜き、今やスイーツに成り代わってきています。
アメリカでは、スイーツ=飴ちゃん になるそうです。
平成の30年間にどんなスーツがはやったのかを見れば日本人の姿が見えてくる!?
「所JAPAN」は、平成にブームを巻き起こしたさまざまなスイーツの中から独自の方法で日本人に影響を与えたベスト10を決定
街頭インタビューで集めた街の声
更に、全国47都道府県の有名パティシエにこれぞと思うスイーツを挙げてもらいプロとアマ両面から平成スイーツの実態を集計
そこにブームのあとでも定着しているかコンビニで定着度を調べ過去30年の情報誌で特集ページ数を調べたメディア露出度、そして大手検索サイトでメニューが今でもヒットするのか生き残り度を加えた。
大がかりな集計 街頭、プロ、定着、メディア、生き残りの5個で集計結果を!
日本人の常識を変えた!? 平成のスイーツ BEST10!
ティラミス 平成2年(1990年)
街頭13 プロ13 生き残り度13 定着度5 メディア6 合計50P
このスイーツだけで当時 市場規模は、450億円
ファッションスイーツのはしりとして大ヒット
今も、そのインパクトが消えないイタリアから やって来た平成スイーツの女王様「ティアラミス」
イタリア語で「私を元気づけて」という意味のティラミスがバブル時代の思い出と共に圧倒的支持
味のポイントは、イタリア産のマスカルポーネチーズ
ブームに火を付けたのは平成2年発売の雑誌「Hanako」の記事
「いま、都会的な女性は、おいしいティラミスを食べさせる店すべてを知らなければならない。」
刺激的なこのコピーに当時の女性たちはメロメロに…
およそ30年前、日本中が熱狂したティラミスフィーバー
当時、日本で広まったティラミスのほとんどは、イタリア産のマスカルポーネチーズ使っていません。
マスカルポーネチーズは日持ちせず、ほとんどが空輸で輸送されていて量も少なく値段も高い。
つまり大ブームだったにもかかわらず、材料のマスカルポーネチーズが日本では超品薄状態になりました。
不二製油グループ本社株式会社 CMO 角谷武彦さんの話、弊社のマスカルポーネを市場の8~9割は、使っていた。
マスカルポーネチーズならぬ角谷さんの会社が発売し「マスカポーネ」
植物性の油脂で作った油脂加工食品、マスカルポーネチーズの製法を参考に植物性の油脂でより日持ちするように作ったいわば代替品
当時、ティラミスを食べた あなた・・・それ偽物ですよ!?
パンケーキ 平成22年(2010年)
街頭13 プロ10 生き残り度2 定着度1 メディア10 合計36P
スイーツ界に革命を起こした平成22年からブームが続くパンケーキ
もともと、日本人が家庭の味としてなじんでいたのは大正時代に登場のホットケーキ
バターを乗せ、蜂蜜をかけるだけのシンプルなもの
そんな日本人に衝撃を与えたのが平成22年に原宿に登場した「Eggs’n Things」
HP:https://www.eggsnthingsjapan.com/
ハワイアンパンケーキ 1274円
ストロベリー、ホイップrクリームとマカダミアナッツのパンケーキ
生地の上にフルーツそしてホイップクリームをドカンと載せたハワイアンスタイルが若者たちに大ウケ
東京都渋谷区「幸せのパンケーキ」1100円
HP:https://magia.tokyo/
その後も進化は止まらず昭和のホットケーキからは考えられないふわふわパンケーキまで登場
ここまでパンケーキが日本人を惹きつけるのには見た目や味より深い理由があるとか
パンケーキ=ラーメン…!?
ラーメンだけを食べ歩きするようにパンケーキも他のスイーツと違ってパンケーキの食べ歩きをする人は結構いるそうで、朝昼夜 パンケーキ 食べ歩くとか…
日本の女性に初めて食べ歩きの楽しさを教えてくれたのがパンケーキなんだそうです。
タピオカ 平成4年(1992年)
街頭13 プロ2 生き残り度7 定着度1 メディア8 合計31P
独特の食感で日本人を何度も虜にしてきた黒いタピオカ 平成4年に登場
タピオカは、芋の一種キャッサバを細かく粉末にして固めたものでデンプン質があの独特のぷにぷにした弾力を生みます。
実は、このタピオカ平成の間に3度のブームを巻き起こしました。
1度目は、平成4年。
水泳の岩崎恭子選手が「今まで生きてきた中で1番幸せです」という名言を残した年
この時は、ココナッツミルクに浮かべスプーンで食べる新感覚デザートとして初上陸
当時のタピオカは今と違い透明、何かの卵のような見た目と慣れない食感が斬新すぎたのかブームは あっという間に失速
2度目は 平成20年。
水泳の北島康介選手が口にした「何も言えねぇ」が流行語になった年
タピオカ入りミルクティー台湾から上陸、カラメルによって色は黒くなり粒が大きくなったタピオカに合わせストローも極太に
そして、3度目のブームは まさに今
カラフルなタピオカドリンクがインスタ映えすると人気が再燃し、女子中高生の間で「タピる」という言葉が大流行
タピオカは平成の間徐々に時間をかけて日本のスイーツに欠かせない顔になりましたね…?
抹茶アイス 平成8年(1996年)
街頭4 生き残り10 定着度10 メディア5 合計27P
日本の伝統の味がスイーツに殴り込み平成8年にブームを呼んだ抹茶アイス、今ではアイスの定番としてなくてはならない存在に
これを機に抹茶の可能性に気付いた日本人は、これまでにないコラボを次々考案
カステラやチョコは、序の口で抹茶うどんに抹茶ラーメン、更には抹茶パスタまで登場しました。
先駆けとなったのが、ハーゲンダッツグリーンティー
発売してすぐ当時一番人気だったバニラ味のなんと2倍を売り上げ一躍看板商品に躍り出ました。
スイーツとのコラボがきっかけとなり抹茶の味を知らなかった若い世代や海外にも広がって今や日本を代表する味に
ショコラ 平成15年(2003年)
街頭2 プロ5 生き残り度2 定着度13 メディア8 合計30P
昔からある お菓子の定番が名前を変えて大ブレイク!
でも、ショコラってチョコレートをフランス語読みしただけ!?
日本ショコラ界のパイオニア
兵庫県三田市 パティシエ エス コヤマ
HP:http://www.es-koyama.com/
オーナーの小山さんは、本場フランスの最も権威あるショコラ品評会で8年連続最高格付けを獲得
最大の特徴は通常考えられない奈良漬や醤油などの食材をチョコレートと合わせ他にはない唯一無二のショコラを作り、独創的な味で世界から注目されています。
いろんな驚きを詰め込んだスイーツ、それがショコラなんだね。
バームクーヘン 平成11年(1999年)
街頭10 プロ9 生き残り度3 定着度4 メディア4 合計30P
全国のパティシエたちがこぞって高評価 売り方次第で主役になれる。
平成になってイメージ180度変化し平成11年から人気が再燃したバームクーヘン
戦前から日本にあった バウムクーヘン
かつては地味な存在、ところが今はこれほど人が並ぶ 超人気スイーツ
滋賀県で大調査
大衆すいーつ専門家 あまい けいきさん
滋賀県にはスイーツの聖地ともいうべき場所があるそう。
近江八幡市にある「ラ コリーナ」
HP:http://taneya.jp/la_collina/
洋菓子から和菓子まで幅広くスイーツを扱う人気スポット
施設を経営しているのがバームクーヘンの名店「クラブハリエ」グループ
今のバウムクーヘンブームの火付け役といわれています。
今ではデパ地下などでよく見られるバウムクーヘンの実演販売
実は、これこそ平成のバウムクーヘンブームの秘密
平成11年「クラブハリエ」が初めてデパ地下に本格的な機材を導入しての実演販売を行い瞬く間に全国に広がりました。
ひと巻きロールケーキ 平成18年(2006年)
街頭3 プロ2 生き残り度10 定着度10 メディア8 合計33P
平成18年に登場したひと巻きロールケーキ
大きくポイントを稼いだのは定着度と生き残り度
「所JAPAN」が今回行ったコンビニ調査ではどの店舗でもこのとおりスイーツコーナーのど真ん中にずらりと並んでいました。
ロールケーキといえばかつては、スイスロールなどのようにうず巻き型が一般的でしたが平成でブレイクしたのは、ひと巻き型
その元祖といわれるのが大ブームを巻き起こした大阪「モンシェール」の堂島ロール
その誕生に秘められた驚きの事実とは?
スポンジの生地が足りなくなったから…このままではうず巻きロールは作れません。
スポンジを新たに作る材料もなく苦肉の策としてひと巻きにして売り出したところこれが新しいと大ウケ
この偶然の誕生によりロールケーキに対する日本人の認識がケーキを食べるから生クリームを食べるに変化
この現象は、日本だからこその現象だとか…日本は、生クリームが世界で類を見ないくらいおいしい。
美味しい生クリームを使ってるからひと巻きロールケーキが出来る。
原乳から乳にするまでの技術力と運搬での温度管理などが日本がきっちりできているため
平成の間に生クリームの美味しさに目覚めてしまった日本人、ひと巻きロールケーキはその何よりの証しといえます。
マカロン 平成15年(2003)
街頭9 プロ10 生き残り度1 定着度1 メディア2 合計23P
女性の心をわしづかみにした斬新な色使いはプロからも高い評価を得ました。
いつの間にか すっかり世間に浸透したイメージのあるマカロン
色、味のバリエーションが圧倒的に女性に人気
特に重宝されたのが差し入れやお土産
味も さる事ながらカラフルなインパクトで相手を喜ばせるのに絶好のスイーツとして日本に定着したのです。
実は、この色に惹かれる心理は日本では和菓子の世界で育まれたもだそうです。
日本の和菓子伝統は、権力者が食べているものほどカラフルで柔らかい、いうところの「上生菓子」
上生菓子を食べれる人が社会の中では上流で、その伝統がもしあるとするならばマカロンがそんな日本人の潜在意識をマカロンが刺激したのかもしれません。
クレームブリュレ 平成13年(2001)
街頭6 プロ4 メディア2 生き残り度8 合計20P
フランス生まれのクレームブリュレは今もレストランの定番メニューとして高い人気を保っています。
カスタードプリンの表面だけをバーナーでこんがり焼き上げる事でかたさとやわらかさ2つの食感が共存、斬新なスタイルがウケました。
そんなクレームブリュレ大流行のきっかけといわれるのが映画「アメリ(平成13)」
アメリになりたい!日本中の女子があちこちでコンコンコンコン
そして、このクレームブリュレも、また日本の食文化に大きな影響を与えました。
ブリュレ=焦がす
どちらかというと焦がすという言葉はネガティブ「焦がす」という調理法をポジティブに変えてくれました。
目の前で「あぶる」のって平成になってからいろんなお店で見るようになりました。。
生キャラメル 平成19年(2007)
街頭10 プロ2 メイディア1 合計13P
当時、大ブームで大行列
牛乳+生クリーム加えたことで新食感を実現
元々北海道限定のおみやげ品だったものを一躍 大ヒットさせたのがご存じ「花畑牧場」ブランドの生キャラメルで一世を風靡した田中義剛
1日で10万個売れる大ヒット
7階から地下までの階段が行列に!
横井庄一以来の行列(平成28年に生還した元日本兵)
キャラメル12個100円の子供お菓子が生キャラメル12粒875円と高級品
スイーツ番長曰く
生キャラメルの肝はやっぱ「生」っていうひと言に尽きます。
生のままではないんですし、ちゃんと調理もしているし加工もしています。
何が「生」かっていうと生クリームの「生」、「生」って付くだけで1ランクも2ランクも上になる魔法の言葉です。
生キャラメル以降、生大福、生どら焼き、生ドーナッツなど「生」と名が付く生クリーム入りのスイーツが続々登場。
もともとは、素材の状態や新鮮さを表す「生」という言葉に平成スイーツが生キャラメルをきっかけに新たな意味を付け加えました。
「生」って付くと美味しさが増すって日本人は感じるのかもしれない
これからブームになる新世代スイーツ
バスクチーズケーキ 756円
から火が付いたといわれている進化系のチーズケーキ
バスクとは、フランスとスペインの国境に位置する地域
その中で美食の街として知られるサンセバスチャンで食べられているチーズケーキが 今世界からも注目を集めています。
ただ甘いだけじゃなくって塩をかけてお酒のあてにも…
美食の街にある1件のバル「ラ・ヴィーニャ」の名物デザート
酒場の締めという事で塩コショウを振ったりワインのお供としても楽しめるチーズケーキ
ガスタでは、本家のバルから世界で唯一レシピを直伝されているため本家の味が楽しめる
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