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国宝【姫路城】難攻不落の白亜の要塞だった!?400年前の姿を今に伝える国宝姫路城 若一調査隊 ten.

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国宝【姫路城】難攻不落の白亜の要塞だった!?400年前の姿を今に伝える国宝姫路城 若一調査隊 ten.1/13

400年前の姿を今に伝える国宝姫路城
美しくも難攻不落の白亜の要塞だった!?
今も買い目できない謎と新たな発見が!世界に誇る名城の歴史と魅力を徹底調査

南北朝時代に砦が気付かれ、その後、池田輝政(1565~1613)姫路城初代藩主によって1609年・慶長14年に姫路城の大天守が完成

姫路城大天守保存修理工事(平成の大修理)
2009年~2015年にかけて漆喰・瓦・耐震補強を重点に大天守の修理が行われる・

平成5年12月に世界文化遺産に登録

姫路城の中堀や石垣を発見

2020年の10月11月くらいにかけて地図のポイントで姫路城のお堀が見つかった。

姫路城の御堀は三重になっていて城下町の跡と中堀が見つかった。

姫路城の中心部から南東に約800m離れた地点

外堀は、姫路駅北側位まであったと言われている。
現在の姫路の街は姫路城の城内だった!?

姫路城・大手門

桜門橋

連立式の天守
大天守一つに 小天守が3つ
大天守・小天守・渡櫓等8棟が国宝に指定されている。
他74棟が重要文化財に指定されている。

愛知県・犬山城
滋賀県・彦根城
長野県・松本城
島根県・松江城 以上が城の天守が国宝指定されている。

国宝五城

1993年 法隆寺と共に日本で初めての世界遺産に指定される。

姫路城は6階建て

見た目は5階建てだが一番上・五階部分ががニ階分あるので六階建て

入口
菱の門(1601~1609年) 重要文化財
高低差を利用した堅固な門

いの門~ろの門~将軍坂~

途中、狭間
銃や弓など打てるように開けられた防御用の穴
現在残っているので997個 江戸時代には3000~4000個あったと言われている、

石段に傾斜をつけ幅もばらばらにすることで敵が登っていきにくい構造にしている。

歩くこと10分 天守

石落とし
石も落とせるが鉄砲を撃つためだろうと言われている。
窓に張り付いた敵を銃で狙うための石落とし

姫路城が出来たのが石ガハhらの戦いの後 1609年
豊臣秀吉が滅びる前

家康は豊臣を攻め込もうと。西からの援軍をここで何とか阻止しようとしていた。
江戸の徳川は、関ケ原の合戦後、豊臣家を慕う大名たちが大坂城に集い江戸に攻めてくるのを警戒し大坂城を囲むように街道沿いに城を建てられ、姫路城は山陽道からの敵や瀬戸内界からの水軍を警戒して食い止めるために作られた重要な城

その重要な城を任されたのが池田輝政(1565~1613)姫路城初代藩主
池田輝政は、備前丸に御殿を建て家族と暮らした。

姫路城 冬の特別公開について/姫路城ぬの門、リの二渡櫓

ぬの門(1601~1609年) 重要文化財

姫路城ぬの門、リの二渡櫓を特別公開するとともに、リの一渡櫓、チの櫓で令和3年4月から展示を予定している「大名行列拝観」をプレオープン

姫路城 冬の特別公開について | 姫路市
姫路城 冬の特別公開について

ぬの門
藩主が居住した備前丸に直結するため堅固な門が設置された。

姫路城天守

大天守1階 主に鉄砲や槍など武具を置く場所

大天守2回 不審な人が入ってこないように防火戸みたいな役割の扉が会談に設置されている。
大天守は、主に倉庫
浅草寺に避難民の腫瘍する場所でもある。
日常的には使われない場所

大天守3階
築城当時のままのモミの木を使った東西に2本の心柱を見ることができる。

大天守4階
廊下が屋根の部分にあたるため窓は高めに設置されている。
石打棚(階段付の高台) 兵士が窓から攻撃できるように台が設置されている。

大天守5階
階段ががもう一階上に行ける。
母屋を建てて、その上に展望台を付けた形なので屋根裏の部分が1階追加されてしまった。
5階部分 そして石垣の部分にも地下1階があるので合計7階

大天守6階
刑部神社
古代から、この地にあった神社で、姫路城が建てられるときに移設された。

姫路城の宮本武蔵伝説
天守に現れた妖怪を宮本武蔵が退治すると姫路城の守護神、刑部明神からご褒美をもらったと言われている。

大天守地下1階
流し 籠城する際の備えみたいなもの
この地下に厠(トイレ)もある。
この地下にどのようなものが首脳されていたかは資料がない。
このとなりの櫓の地下には塩が合ったことが分かっている。
食物の貯蔵するためにも塩が使用された。

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