Yoi Don! Kita Ward, Kyoto City, Kyoto Pref.【Kita-Oji Station】Rhinoceros beetle specialty shop 6/29
Yo ~ i Don!
杉浦太陽がぶらり
(Taiyo Sugiura strolls around Kita-Oji Station, Kita Ward, Kyoto City, Kyoto Pref..)
となりの人間国産さん
a neighbor’s Living National Treasure.
虫好き夫と虫嫌い妻営むカブトムシ専門店、虫嫌い克服した荒療治
(A beetle specialty shop run by a bug-loving husband and a bug-hating wife—and the drastic measure that helped her overcome her aversion.)
【レイエ アサイーボウルカフェ】
おすすめ3や太陽さんの他番組でもお世話になった鶏そば223(食べログ)さんのおすすめでアサイーのお店
窓が大きい店舗を探していて決めたテナント
【Insect Mangrove】
2022年オープンの昆虫専門店
カブトムシ・クワガタムシメイン
レア種や定番商品まで
昆虫ブリーダーが営むお店
こどものころは夏だけの楽しみだったけど、高校生になって繁殖に目覚めて嵌ってしまった。
トラックん店主をしながら27歳で昆虫syっプをオーピン
奥さんは昆虫が大の苦手だった。
でも大好きだった旦那さんとのドライブデートは、いきなり置き去りにされることも。
一緒行くようにも努力したことも。
旦那さんにとっては、逆に足手まといと思うことも。
最初の頃は、二足のわらじで寝る暇のなく昆虫採集をして、倒れることもあって、奥さんのお願いで一度は閉店することに。
また頃合いを見て復帰したらいいやんと言ってしまったのが…
旦那さんに希望を与えてしまった…
奥さんの実家を改装し、当初の約束で家に昆虫を持ち込まない約束だったけど…
共に生活することに…
仕方なく荒療治で克服!?
今でも直接はさわれないため、触るための必殺技は、厚手のゴム手袋。
となりの人間国宝さんに認定
(Certified as a neighbor’s Living National Treasure.)
Yoi Don! Kita Ward, Kyoto City, Kyoto Pref.【Kita-Oji Station】83-year-old baker 6/22
Yo ~ i Don!
杉浦太陽がぶらり
(Taiyo Sugiura strolls around Kita-Oji Station, Kita Ward, Kyoto City, Kyoto Pref..)
となりの人間国産さん
a neighbor’s Living National Treasure.
83歳のパン屋さん!認知症の妻と歩んだ幸せの軌跡に太陽が涙
(An 83-year-old baker! The story of his happy life with his wife who has dementia brings tears to the eyes.)
【ヒロタソース】
add:京都府京都市北区紫野下鳥田町2
1940年創業
京都のお好み焼きの名店も使用しているソース製造会社
明治時代(1885年)に日本初のソースが神戸で誕生
当時、洋食文化が栄えていた京都に流入
全盛期には京都市内に10社ほどあったソース会社、現在では数社のみにになっている。
黒糖とフルーツをブレンドして祭儀にスパイスとオスを朝護して、「熟成煮上げ製法」という独自の作り方で寝かしながら煮込むで作っている。
ソースの味を底上げする果物は、デーツ
奥深い甘みとコクを引き出す。
京都の人は、味の奥行とコクにこだわる人が多いたま他の地域とかよりは引き立っているとおもわれます。
今日と偉人の舌は、第六感を持ってるとも言われている。
【えびすやのパン】
オープン23年 定年退職後に開業
83歳の店主が切り盛りするこだわりのパン屋さん。
衆4日の営業は 朝4時から仕込み。
卵とバター、イースト菌などは使わないパンが人気
シングルファーザーで子育てをしているうちに食の問題を考えるようになった。
スーパーで作られたものを買うと食材表示が気になり始めた。
会社勤め時代に出会いがあり、50歳で2度目の結婚。
実家の庭木の手伝いをしている近所の女性。
親密になるにつれて、元同級生で近所の人だとお云うことに…
同じクラスにもなったことがある女性だったけど、覚えていなかった…
定年後になにをするかと話している時にずっと食の問題が大きくなっていたので自然農法をしたいと打ち明けると
絶対嫌だと奥さんに断られるが、自身も虫が嫌いだったので諦めた。
大阪の高槻でパン職人とであい見学させてもらって尾身あげのパンを2人で食べている時にパン屋でもするかという話になり奥さんもOK
それが52歳くらいで、定年後独学でパンの作り方おw勉強
自家製酵母(レーズン)を使ってパンを製造
一緒にパン屋を手伝ってくれていたが、1年前になくなった。
コロナ禍の時に骨粗しょう症の影響で骨折、そして病気の影響で両足が不自由に
そこから認知症が進みもしたが、奥さんの希望で家でも介護をしならが凄いしていたが、急性心不全で亡くなってしまった。
奥さんも幼稚園の教諭を定年
となりの人間国宝さんに認定
(Certified as a neighbor’s Living National Treasure.)


コメント